「学校に行く意味って何ですか」と聞かれたら、現役教員として正直にこう答えます。
そもそも、そんなものはありません。
がっかりさせるようですが、これは投げやりな答えではありません。むしろここから話が始まります。
学校に行く意味は、そもそも存在しない
今の学校の形は、戦争と高度経済成長の時代にできあがったものです。
決められた時間に集合し、同じ内容を、同じ速度で学ぶ。目的は均質な人間を効率よく育てることでした。
工場や軍隊のように「みんな同じように動ける人」が必要だった時代には、これは合理的な仕組みでした。
でも今、均質な人間は必要とされていない
AIが計算も文章作成もやってくれる時代に、「みんなと同じことが同じようにできる能力」の価値は下がり続けています。
つまり学校は、目的が失われた後の仕組みを残したまま動いています。
だから「意味があるはずだ」と期待して探すと、見つからなくて当然なんです。
意味がないものに意味を求めて苦しんでいる——それが「行く意味がわからない」の正体だと思います。
それでも学校に行く価値はどこにあるか
意味は最初から用意されていません。でも使い道はあります。
| 使い道 | 中身 |
| 資格を取る場所 | 高卒資格。就職の応募条件になることが多い |
| 安く学べる場所 | 教科書・設備・教員が用意されている |
| 人と出会う場所 | 合う人に出会える可能性はある(保証はない) |
| 生活リズムの土台 | 朝起きて動く習慣が保たれる |
大事なのは、これらが「今の学校でしか手に入らないもの」ではないということです。
高卒資格だけは、取っておいた方がいい
教員として現実的な話もします。学歴は、あった方が選択肢が広がります。
今でも就職の応募条件に「高卒以上」「大卒以上」と書かれていることは多く、生涯賃金にも差が出ます。
ただし——ここが大事なところですが、学歴が低いことが、そのまま不幸に直結するわけではありません。
人生は結局、「いつ死ぬ気で頑張って、いつ楽になるか」という配分の問題です。今しんどいのを耐え続けた人が、60代になって「もっと自分の好きなように生きればよかった」と思うことも、普通にあります。
「行く意味」より「どこで取るか」
だから考えるべきは「学校に行く意味があるか」ではありません。
高卒資格という道具を、どこで、どんなやり方で取るか——これが本当の問いです。
今の教室で取るのがしんどいなら、別の場所で取る方法があります。通信制高校なら、毎日教室に通わなくても同じ高卒資格が手に入ります。
生徒数日本一のN高等学校のように、進学実績もある学校もあります。
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その前に、どんな学校なのかを知っておきたい人は N高等学校ってどんな学校? をどうぞ。
学校に期待しすぎないという考え方
もうひとつ伝えたいことがあります。学校は神様ではありません。
大きな企業でも不満はあるし、対応が悪い店もあります。学校も同じで、聖人君子の集まりではありません。
だから「学校が悪い」と怒り続けるのも、「学校が助けてくれるはず」と待ち続けるのも、あまり報われません。
使えるものだけ使って、あとは自分で決める——この距離感が、いちばん消耗しない付き合い方だと思います。
まとめ|意味は探すものではなく、決めるもの
- 学校に行く意味は最初から存在しない。均質な人間を育てる仕組みの名残
- ただし高卒資格という「道具」には価値がある
- 問題は「意味があるか」ではなく「どこでその道具を取るか」
- 学校は神様ではない。使えるものだけ使えばいい
今まさに教室がしんどい人は、行きたくない度診断で今の状態を確かめてみてください。
意味がないと気づいたなら、それは絶望ではなく出発点です。自分で使い道を決められる、ということですから。
